COPMニュース 第15号

発行日:2005.8.29


今年の4月から勤務先が県立広島大学という名前に変わりました。
(メールアドレスも変更になりました。E-mail yosikawa@pu-hiroshima.ac.jp )

先週末、群馬県作業療法士会でCOPMの研修会をしました。COPMをほとんど知らない人も大勢いました。COPMに関心をもったらまず、マニュアルを入手しましょう(「COPM カナダ作業遂行測定 第3版」大学教育出版、1500円+税、電話086-244-1268)

私もマニュアルを読んで繰り返し使っているうちに、COPMの良さがじわじわとわかってきました。知識を十分に得た後でしか行動できないと思っている人は、その考えを変えましょう。クライエントの能力が不十分でも、クライエントのしたいことに沿って、クライエントと一緒に取り組んでいくうちにできるようになる、という作業療法をしたい人に、COPMが必要だからです。

研修会の後半で、クライエント中心の作業療法をする時の追い風と向かい風について考えました。「作業療法の視点」(大学教育出版)の第5章では、チャンスと制限と表現されている事柄です。
追い風となるのは、患者(生活者)中心、利用者中心という理念です。自己決定権、エンパワメント、セルフヘルプという言葉は、過去10年間にかなり広まりました。何がしたいか、何が必要かを自分で決める、自分たちの問題を自分たちで解決していく、という風潮は大きな追い風になります。「できない」より「できる」に注目する視点も、教育や高齢者ケアで広まっています。こうした追い風にうまく乗っていくと、COPMをすることができます。

一方向かい風は、根強く残る治療優先の考え方です。「リハビリがんばってください」に込められた気持ちは、「まずは治してから」、「治れば何でもできるのだから」ということだと思います。この考えは、クライエントが意味のある作業に挑戦することにブレーキをかけます。Impairmentの改善に努力しなかったり、日常生活に必要な基本動作訓練をせずに、社会的活動を行おうとする作業療法士に、さまざまな圧力がかかります。「逃げている」「治療的責任を放棄している」「技術がない」「医学的基本知識が不足している」こうした向かい風に真っ向立ち向かうのは骨の折れることです。まずは、こうした批判がなぜ出てくるのかを考えましょう。障害の原因を障害者本人の中に求め、それを除去・回復させようという考え(医学モデル)からは、批判されるのだなと納得しましょう。
次に、医学的知識を十分にもち、技術をもった人がクライエントに対して治療的責任を果たしているかどうかをみてみましょう。
クライエントがぐんぐんと回復しているなら、医学モデルは適切だということになります。しかしそうでなかったら、別の考え(クライエントにとって意味のある作業を通してもっと健康になる)を試してみてもいいということになります。
共通に大事なことは、クライエントや家族が(時に治療者側も)認める成果を出すことです。

在院期間の短縮、成果主義(明確な目標と達成度)は、COPMを使った作業療法にとって追い風にもなります。「?の向上」「?の改善」といった目標は、達成できたのかできないのか曖昧になりがちです。しかし、COPMを使えば、クライエントは以前よりうまくできるようになったと感じ、満足している、ということを数字で示すことができるのです。クライエント自身の能力に変化がなくても、たとえ低下したとしても、やり方を変えたり、環境を変えたり、道具を工夫することで、COPMのスコアは向上します。COPMを繰り返すことで、クライエントは自分の問題を自分で考えることに慣れてきます。そして、何ができるようになったら、自分の生活がもっと健康的になるかついて、自分自身で取り組んでいくことができるようになるのです。これこそまさに、ヘルスプロモーションです。


今春から大学院も始まって、前期は「作業科学特論」という授業をしました。授業の後半で、竹田青嗣さんの「現象学入門」(NHK出版,1989)を読みました。作業療法(OT)に特に必要な知識として、文化人類学や社会学と並んで現象学が挙げられていたのは10年以上も前でした(Yerxa EJ: Seeking a relevant, ethical, and realistic way of knowing for occupational therapy. Amer J Occup Ther 45, 199-204, 1991)。
でも当時は、現象学はありのままの現象をみていくもの、くらいの理解しかなく、現像という文字のイメージと重なって写真みたいだと思ったりしました。5年くらい前に初めて竹田現象学を読んだ時、自分がこれまで現象学という考えを知らずに生きてきたことが不思議だと思うほど共感できました。2002年に広島でOT学会をした時に、南カリフォルニア大学のClarkさんが「現象学とOT」というテーマで講演しました。
私たちが経験している日常の作業について学問的関心をもち、生の経験を経験したままにみつめることは、現象学の立場からは的を得たことだと語られました。フッサール、メルロ・ポンティ、ハイデガーが、少々馴染みのある名前になりました。
そして、今年、竹田現象学を読み直し、現象学的方法を作業科学に適用しようという論文(Gray JM: Application of the phenomenological method to the concept of occupation. Journal of Occupational Science: Australia 4, 5-17, 1997)や、京極真さん推薦の西條剛央さんの「構造構成主義とは何か」(北大路書房,2005)を読みました。

わかったことは、COPMを行う時に、客観的真実があるという前提をもたず、還元(憶測を排除して直観でいく)という現象学的方法が使える、いや私は使っているということでした。
その方法とは、まず年齢や性別、診断名や障害名から、この人はこういう人だろうという判断を停止します。クライエントの「正しい」気持ち、「本当の」ニードを探り出そうという態度ではなく、クライエントと私の間で行われる「やりとり」を、そこに「立ち現れたもの」ととらえます。「正しい」とか「本当」(客観的真実)があるという前提から始めない態度が、COPMにも、クライエント中心の作業療法のプロセス全体を通しても必要です。

客観的真実がないからといっても、なんでもいい(なんでもアリの相対主義)ということではありません。作業療法士の私は、クライエントが言ったある言葉に、「へええ」とか「ほおお」と思います。これは私が意識的に意図して思うことではなく、私という人間の関心や志向性が、クライエントのある言葉、ある行為に反応するわけです。クライエントもたぶん同様で、私の言う言葉や表情のどれかに対して、他のどれかよりも反応し易いはずです。うなずいたり、ためらったり、言葉をつないで話を進めていきながら、クライエントと作業療法士が、みる世界、生きる世界(共通了解)が作られていくのだろうと思います。

作業療法を理解し、考え、実践する上で、哲学や倫理学が役に立つことを実感しています。


【第9回作業療法科学セミナーのお知らせ】

日時:2005年12月3日(土)9:30 / 4日(日)15:00
場所:聖隷クリストファー大学(浜松市) http://www.seirei.ac.jp/
参加費:全日参加5,000円 1日参加3,000円
問合・参加申込:建木健
内容:
「作業科学の過去、現在、未来」Ruth Zemke
「作業とは何で、何の役に立ち、どのような意味があるのか」吉川ひろみ
「作業療法のナラティブとドラマ性」鷲田孝保
「身体表現をするということ:身体表現・作業療法・作業科学」里見のぞみ
研究発表、シンポジウム「作業科学が作業療法に与える影響」
参加申込みは11月15日までに、氏名,所属先,電話番号,e-mailアドレス,参加日(全日or1日)を記入の上お申込み下さい。
研究発表演題登録締め切りは9月30日(金)抄録締め切りは11月18日(金)です。


【県立広島大学 大学院入試のお知らせ】

今年度の募集は先週締め切り、入試は9月14日です。大学院 総合学術研究科 保健福祉学専攻 総合リハビリテーション分野 作業遂行障害学領域(修士課程)で、作業科学の研究指導をします。来年度も入試はこの頃になると思いますので、関心のある方は http://www.pu-hiroshima.ac.jp/ をみてください】


【資料公開のお知らせ】

私が研修会で使ったパワーポイントの資料(COPM、AMPS、ICF、世界のOT)は、広島県作業療法士会のホームページ http://www.urban.ne.jp/home/hota/index.html から近日中に閲覧できるよう依頼中です。
また、つくば学会のランチョンセミナー「COPMとEBOT」については、EBOTのメールグループhttp://groups.yahoo.co.jp/group/ebotgroup/に登録すると閲覧できます。