COPMニュース 第22号

発行日:2011.4.26 発行者:吉川ひろみ
県立広島大学保健福祉学部〒723-0053 三原市学園町1-1
TEL 0848-60-1236 FAX 0848-60-1134 E-mail yosikawa@pu-hiroshima.ac.jp



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 やっとカナダ作業療法士協会のガイドライン「続・作業療法の視点:作業を通しての健康と公正」(大学教育出版,3800円,原題「Enabling Occupation II: Advancing Occupational Therapy Vision for Health, Well-being, & Justice through Occupation」)が出版されました。この本には1997年にEnabling Occupation: An Occupational Therapy Perspective(邦題「作業療法の視点:作業ができるということ」)が出版されてからの10年間の発展がたくさん詰まっています。

 

 この本を手にしたのは2007年10月でした。それから大学院のゼミで,この本を読み始めました。この本には様々な文化背景をもつ人たちが登場します。ビンツ,フセイン,ユジン,ケイコなど,西洋人らしからぬ名前が出てきます。これは,私が参加している倫理研究会で読んでいる本も同じでした。たぶん,読者が本に書かれていることを十分に理解しようとする前に,「文化が違うから」と精神的に受け入れ拒否をしてしまうことを避ける狙いがあると思われます。坂本龍馬も「世に生を得るは事を為すにあり」と言ったそうです。生まれてきたからには,何か作業をしようと言っているように思えます。世界中のどの国や地域にも,作業を行おうという人がいて,作業を行えないために苦悩する人がいます。そして,作業ができるかどうかは,その人がどんな人なのか,どんな作業をしたいのか,環境はその作業をすることを許すのか,にかかっていることは,歴史的にも,世界的にも,同じなのです。
3月11日に始まった東日本大震災は,人にはどうにもならない環境変化が,多くの作業をすることを奪いました。避難所での生活は,本書に記述されている難民キャンプでの事例と共通するかもしれません。職場を失ったり,故郷を離れて慣れない土地で暮らす人たちも,思ったように作業ができない,必要な作業をすることが許されない作業的不公正を経験していると思われます。こうした状況で,作業療法士が何をするかが,記載されています。

 

 ゼミで本書を読み始めてから,出版という作業の実現には,長い道のりがありました。2009年度の授業で使うことを目標に準備していましたが,2009年3月に私の病気が発見されました。私が死んで本が出ないと困るので,米国留学中に知り合い,その後も翻訳の協力をお願いしたことがある吉野英子さんに,監訳を頼みました。私の手術と抗がん剤治療が終わり,頭髪も生え出した頃,原稿が完成しました。編著者に前書きを依頼した直後,思いがけずタウンゼントさんが来日し,私の住む三原にも寄ってくださいました。Occupational Engagementの意味や,Justiceと作業療法の関連について話すことができたことは,とてもよかったと思います。
ところが,本がなかなか出ませんでした。理由は,翻訳権をとるために大学教育出版が依頼したエージェンシーと,カナダ作業療法士協会との交渉がうまくいかなかったようです。結局,最終原稿提出から1年半後に出版となりました。その間,大学教育出版とカナダ作業療法士協会には,何回かメールを出し,「私にできることはありませんか」と聞きました。最後は,大学教育出版の安田愛さんががんばってくださったようで,感謝しています。
翻訳出版が遅れたおかげで,校正の時に,2010年に発表された改訂を反映させることができました。また,今年の日本作業療法学会で特別講演が予定されているタウンゼントさんの来日に合わせたようにもなりました。できあがった本を見ているだけで幸せな気持ちになります。この本はすでに多くの作業療法文献に引用されています。皆さん是非,読んでください。原著は,カナダ作業療法士協会のホームページhttp://www.caot.ca/から購入できます。

 

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 昨年春に菊池恵美子さんに声をかけていただいて「英語で学ぶ作業療法」(シービーアール,2800円)の執筆に参加しました。主に担当したのは,「第5章 作業療法の基本概念」ですが,第4章で,作業療法学生が担当患者にCOPMの面接をしている場面の会話も書きました(67,68頁)。付録のCDも付いています。

 

 現在,今年の9月24,25日に,三原市の県立広島大学で開催を予定している第15回作業科学セミナーの準備をしています。テーマを「作業科学と社会」にしました http://www.jsso.jp/
私が社会に目を向けるようになったのは,1993年のタウンゼントさんの論文(2003年OTジャーナル37巻3号に解説文掲載)を読んでからです。みんなが自分のためになり,周囲の人のためにもなり,環境にもよいような作業を行える社会を作りたいという気持ちが年々強まっています。暗黙の了解,無言のプレッシャー,物理的な障壁,制度上の制約など,私たちが暮らす社会は,自由に作業ができる社会ではありません。こうした窮屈で抑圧的な社会に,無意識のうちに適応してしまっている人たちの中で息苦しさを感じることがあります。多様性を歓迎し,変化の可能性に開かれた社会を創造するための努力を続けたいと思います。作業的公正については,タウンゼントさんの共著「Introduction to Occupation: the Art and Science of Living 2nd ed」(2010年)の第13章を読むとよくわかります。

 

 マイケル・サンデル先生の白熱教室に刺激されて,対話型の授業に挑戦しています。双方向的な意見交流により生まれる感情が新鮮です。自分が気がつかなかった視点を知ることの喜びと,対話から生まれる新たな考えに出会う楽しさは,COPMから始める作業療法にも似ています。
診断名や発症からの期間によって定型化された作業療法から脱却し,クライエントとの対話を通して,何を為すか(どんな作業をするか)を決めて,やってみて,振り返って,を繰り返す,そんな作業療法が世界中で行われることを夢見ています。

 

 先日,脳性麻痺ボツリヌス研究会の研修会で「COPMとAMPSの概説」を話すよう依頼されました。依頼者の小児神経科医は,昨年参加した国際学会で,COPMとAMPSが,ボツリヌス療法の治療効果指標として優れていることを知ったそうです。同僚の小児科医に話したところ,可動域よりも生活上の変化を考えることのできる医師が増えるだろうと喜んでくれました。

 

 2月10~12日には,AMPS開発者のアン・フィッシャーさんが来日し,作業療法介入プロセスモデルの講習会がありました。理学療法士がいないから,可動域訓練や起居動作練習をしなければならないという作業療法士がいるけれど,そのクライエントは低いレベルの理学療法的サービスしか受けることができないどころか,作業療法サービスをまったく受けることができなくなる,と言っていました。まさにその通りだと思います。正規の理学療法教育を受けていない作業療法士が,見よう見まねで理学療法サービスを提供しようとすることは,倫理的に正しいとは言えません。人にはそれぞれ,それをすることで健康になり幸せになれる作業があるにもかかわらず,その作業を見つけようともせず,その作業をできるような関わりもしないことは,もはや作業療法士として存在していないことです。

 

 「世の中の作業療法士が,クライエント中心の作業に焦点を当てた作業療法をするようになりますように」祈るようになりました。