II. 作業療法プログラムとしてのアロマセラピー |
本来、医療分野におけるアロマセラピーとしては、精油成分が持つ効能を治療目的で用います。しかし作業療法の領域では、アロマセラピーを行うことで得られる副次的効果もまた大きな治療的意義をもつといえます。むしろ作業療法の業務範囲を考えればその副次的効果こそが肝と言えます。
表1に、山根の「回復状態に応じた作業療法2)」を参考に筆者が実施しているアロマセラピーを用いた作業療法3)の目的を回復段階別にまとめて示します。
【表1】 回復状態に応じた作業療法 |
亜急性期 | <安全・安心できる場の保障> | 「その場にいてよいこと」の肯定。繰り返しリズムの触刺激及び精油によるリラクセーション |
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<治療的環境の提供> | 穏やかな環境と理解者の存在を実感する | |
<退行欲求を満たす> | 粘性のある材料に触れることで退行欲求を満たす | |
<受容体験を得る> | 他者に触れられ無条件に受け入れられる経験をすることが自己愛を満たす | |
<心地よい時間の確保> | 妄想や活動性の低下がある場合でも、受動的に「快・やすらぎ」の感覚を得ることが出来る | |
<病的世界から現実世界への移行> | 香りによる嗅刺激やアロマセラピーマッサージによる触刺激を得ることで現実に意識を向ける | |
<リハビリテーションへの主体的参加> | アロマセラピーの特性を利用し、主体的にリハビリテーションへ参加できる | |
回復期前期 | <身体図式の回復> <自他の境界の明確化> |
ゆっくりと確認しながらアロマセラピーマッサージをすることで自己の身体を再認識し、自他の境界を明確にする |
<共有体験> | アロマセラピーマッサージ、アロマクラフト作りなど共に行う体験の場 | |
回復期後期 | <自己能力の現実検討> <自己管理のきっかけ> |
自己能力を把握すると共に、自己の心身への関心を高め「健康管理」「整容」などへ意識をむける |
<円滑なコミュニケーションの基礎> <対人交流学習の場の提供> |
アロマセラピーマッサージやアロマクラフト作りにおける過程を通し、対人技能を学習する機会を得る | |
<達成感を得る> <自信をつける> |
失敗が少ないため達成感や有能感を得やすい。それらが自尊心を回復し自信につながる | |
<愛他的経験を得る> <承認欲求を満たす> <社会性の向上> |
役割を担ったり、他者のためにアロマセラピーマッサージやアロマクラフト作りをすることで認められる経験を得る。自然なコミュニケーションを促す | |
維持期 | <生活の質を高める> | 趣味・余暇活動・楽しみとなる。日常生活における”充実した時間”“ゆとり”の確保 |
<健康管理の継続> | 体調維持・自己管理することの習慣化を促し、再発を防ぐ | |
<仲間づくり> | 共通の活動を通し仲間ができる。仲間の存在は生活の支えになる |
亜急性期 |
安全・安心できる場の保障 2)
ありのままの状態を受容され、その場にいてよいことを認められることで人は安全を確認し安心することができる。一定のリズムで繰り返し感覚入力することはリラクセーション効果をもたらし安心感を与える4)といわれている。アロママッサージは精油の効果に加え、繰り返しリズムの触覚入力があり安心感をもたらす。
治療的環境の提供
穏やかな環境の中、個人特性・疾患特性に理解をもつスタッフが側にいることで「患者が安心して治ることのできる5)環境」を実感することができる。
退行欲求を満たす
病的な防衛として、また治療経過として退行状態を起こしている者に対しては、許容できる範囲で欲求を満たすことで次の段階に向かわせることができる2)。粘性のある材料に触れることで退行欲求が充足される。
受容体験を得る 2)
他者にアロマセラピーマッサージされ無条件に受け入れられる経験をすることで自己に関心が向き、延いては他者への関心につながる。
心地よい時間の確保
精神疾患はその症状のつらさはもちろん、精神科への入院という体験が負の経験になりやすい。また長期入院患者も多く、ホスピタリズムによる生活能力の低下もある。アロマセラピーマッサージや芳香浴は妄想世界にいる者や活動性の低下した者に対しても無理なく「快・やすらぎ」の体験を提供することができる。
病的世界から現実世界への移行
香りによる嗅刺激やアロマセラピーマッサージによる触刺激を与えることが、病的世界から現実世界への移行を助け、現実感を取り戻していく一助となる。
リハビリテーションへの主体的参加
精神科リハビリテーションのイメージがない者でも、アロマセラピーは世間のいわゆる「セラピー」「癒し」のイメージに近いため違和感がなく、作業療法プログラムへの参加を自ら決定できる。それによりリハビリテーションに主体的に取り組むことが可能となる。
回復期前期 |
身体図式の回復、自他の境界の明確化
ペアになった相手と交互にアロマセラピーマッサージをする体験を通し、自己の体を再確認し離人体験や体感異常により不明確になっている身体図式・身体像を再構築する。それが他者との境界が不明確な状態を改善することにもつながっていく。
共有体験の場
アロマセラピーマッサージ、アロマクラフト作製などの活動により、物を介した共有体験を得ることで、他者に対し過度な緊張や不安を持つ者でも自然な形で対人交流を持つことが可能となる。
回復期後期 |
自己能力の現実検討、自己管理のきっかけ
作業活動を通し、出来ること出来ないことなど自己能力を自覚すると共に、アロマセラピーの持つ「健康」や「美」の要素を利用し、自己への関心を高める。「健康管理」「整容(洗体、整髪、歯磨きといった清潔感のある身だしなみ)」などへ意識を向けることが、継続して地域で暮らすために必要な技能を高めるきっかけとなる。
円滑なコミュニケーションの基礎、対人交流学習の場の提供 6)
ペアで行うアロマセラピーマッサージの際、施術側であれば相手の反応に直面し、被施術側であれば自己の体を通しどうすれば心地よいのかを体験することが出来、相手の身になって考える機会を得る。またアロマクラフトでは活動・物を媒介とするため、無理なく交流が図ることが可能である。それらを基に他者への配慮が身に付き適応的なコミュニケーションが促進される。
達成感を得る、自信をつける
アロマセラピーマッサージ・アロマクラフト共に段階付けしやすく失敗体験を回避できる。また、完成したアロマクラフトをプレゼントしたり、アロマセラピーマッサージを行うことで感謝される経験をする。そのため達成感・有能感を得やすく、自尊心を回復し自信につながる。
愛他的経験を得る 6)、承認欲求を満たす、社会性の向上
アロマプログラムの中で役割を担ったり、他者のためにクラフト作りをすることで承認される経験が、自己を肯定的に受けとめることにつながる。自己愛を満たされた者は他者へも愛情を向けることができる。それらが社会性の向上へとつながっていく。
維持期 |
生活の質を改善する
アロマセラピーなどの趣味・余暇活動・楽しみは、余裕なくなりがちな患者の日常生活に“充実した時間””ゆとり”を生み出し生活に潤いをもたらす。
健康管理の継続
日ごろからアロマセラピーを通して健康に意識を向けることが、体調維持のための自己管理を習慣化し再発を防ぐ一助となる。
仲間づくり
アロマセラピーという作業活動を通し仲間ができる。共有体験に基づくため無理なく仲間を作ることが可能である。精神疾患をもつ人々は孤独感に翻弄されることも多い。仲間の存在は安心感を与え希望をもたらし、人生における様々な苦難を乗り越える際の支えにもなりうる。
Ⅰ.アロマセラピーとは | Ⅲ.アロマセラピーを導入した作業療法プログラム (アロマプログラム)の実際例 |