III-1. 精神科病院でのアロマプログラム

病床数322床、平均外来患者数 約250人/1日、年間入院退院者 約1300名


アロマプログラムの目的

統合失調症・気分障害・神経症・心身症・薬物依存症、その他老年期精神疾患等、様々な疾患の亜急性期から社会内維持期まで、同時に幅広い参加者がいる作業療法プログラムである。早期の患者に対しては「休息・安全・安心の保障」「受容体験」「現実への移行の準備」「身体感覚の回復」など、維持期の患者に対しては「生活の質を高めること」「適応的対人技能の経験の場」「健康管理へ継続して意識を向けること」などを目的とする。


実施頻度

1回/週 全行程約2時間


参加者

入院患者約25名、外来患者約2名/1回


スタッフ

作業療法士 1名、作業療法助手 2名、ボランティア講師 1名


事前準備

参加者が集まる前に、芳香浴用精油を選び「本日のアロマ」としてファン付アロマポット(アロマブリーズFriends:アルタコーポレーション)を用い散布する。ただし作業療法室は70㎡以上あり、この機器性能では十分な芳香浴は難しいため入り口付近に設置し、入室時にこれからアロマプログラムが始まることを実感してもらうことを目的にしている。

なお芳香浴用精油としては、主に「Citrus sinensis(オレンジ・スイート)」、「Citrusreticulata(マンダリン)」、「Citrus paradisi(グレープフルーツ)」(以上全てプラナロム社)など癖の少ない柑橘系の精油から当日直前に1種類を選び5,6滴ほど使用している。

リスク対策として、参加者の来室と同時に簡易パッチテストを行っている。


プログラムの流れ

各病棟から作業療法室への移動・簡易パッチテスト(20分)


1)開始の挨拶(1分)


2)オリエンテーション(10分)
プログラムの目的(本日のアロマ紹介等)と方法を説明。講師の紹介。


3)リラクセーションストレッチ(20分)(図1)
図1にリラクセーションストレッチの様子を示す。照明は暗めにし、ゆったりとしたBGMを流し、進行役は声のトーンや大きさにも配慮する。


4)アロマセラピーマッサージ(40分)(図2.3.4.)
講師の説明後、基本的に同性の参加者同士でペアマッサージを行なう(図2)。この間スタッフは場の雰囲気を保つためにマッサージ法がわからない参加者を手伝ったり、ペアになるのが苦手な人の相手役となる(図3)。足が汚れがちな参加者も多いため足浴を併せて実施することもある(図4)。

不特定多数に施行するため安全性に配慮し濃度は1%以下にしている。


マッサージ方法は2人1組となり合わせて40分弱行う。毎回講師が説明をする1箇所(手部あるいは足部、希に顔部)に対し行う。


「臨床で使うメディカルアロマセラピー(川端一永ほか、メディカ出版、2000)」のマッサージ方法を基本に椅子座位や床座でも施行できるよう部分的にアレンジしたり省略したりしている。


マッサージオイルの例を以下に示す。

a.上肢
リラックス効果に重点を置き精油を選択
キャリアオイル:グレープシードオイル30ml
精油:「Pelargonium asperum(Chine)(ゼラニウム・チャイナ)」0.20ml、「Citrus aurantium (プチグレン)」0.10ml(全てプラナロム社)


b.下腿・足部抗菌効果に重点を置き精油を選択
キャリアオイル:スィートアーモンド40ml
精油:「Lavandura augustifolia(真正ラベンダー)」0.15ml、「グレープフルーツ」0.10ml、「Melaleuca alternifolia (ティートゥリー)」0.15ml(全てプラナロム社)

5)余韻を楽しむ時間(10分)
カーペット上で背臥位になりイメージ導入する。参加者は閉眼しBGMに併せスタッフが「今、心地よい日差しの中、海辺に寝そべっています…」等伝えリラックスするよう誘導する。


6)質問タイム・感想(5分)


7)終了の挨拶(1分)


片づけ(15分)

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(図1)進行役の作業療法士は声のトーンや大きさにも配慮します。照明も暗めにし、ゆったりしたBGMをかけ心地よい時間が流れていきます。
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(図2)アロマオイルを使いマッサージをしています。この時の気持ちよさが、その後の自己の身体への関心や他者へマッサージする際の配慮に繋がっていきます。
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(図3)ペアになってマッサージをしています。「こんな感じでどう?」「痛くないですか?」「気持ちいい~」「なんか申し訳ないわぁ」「極楽極楽♪」様々な会話が聞こえてきます。
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(図4)のんびりくつろぎながらの足浴です。足が汚れがちな患者さんも多く好評です。


【参考】フェース・スケール(Lorish,C,D.and Maisiaku,R)による効果測定

参加者20名、男9女11名
18~71歳
平均42.3歳

統合失調症10名、その他気分障害・アルコール依存症・PTSDなどを抱える方々 14/20回収

明るい表情を選択する人が大幅に増えた。これは他のプログラムと比べても最大変化であった。

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参加者の様子・感想

部屋に入った瞬間から香り・音楽に包まれるためか、開始時から多くの参加者の表情が緩み、心地よい感覚を得ることが出来ている様子であった。「何かを作る」プログラムにある”急いでしまう”という場面もほとんど見られず、自然な流れで他者と相互にマッサージ(アロマオイルを用いての軽擦)をし、終了後は「ありがとう」「退院したら家族にもやってあげたい」といったやりとりが多数ある。また材料の貸し借りや他者への気遣いも比較的多く見られる。

アンケートでは「すごく気持ちいい」「次回が楽しみ」「アロマセラピーは医者いらず」「アロマの日はよく眠れる」「退院後も続けたい」と好評であった。「こんな香りでやってみたい」との希望は出るが、特に否定的な意見は今のところ出ていない。

プログラムを行う際に注意した方が良い点

品質
肌に触れるため信頼できる業者から精油を購入する必要があります。

例:精油の抽出方法は水蒸気蒸留法が一般的ですが、化学溶剤を使って抽出する業者もいます。これは化学溶剤を完全に取り除く事が難しいため、使用するべきではありません。

効果
正しい効果を把握しましょう。

例:ラベンダーは一般的に「落ち着く・安らぐ香り」と言われていますが、すべての品種がそういうわけではありません。 ラベンダー・アングスティフォリアは、神経バランス回復作用をもつ酢酸リナリルといった成分を40%~50%含有していますが、ラベンダー・ストエカスには含まれていません。ラベンダー・ストエカスは古くから薬用や化粧用として利用されてきましたが、神経刺激性の強いケトン類を70%近く含む為、乳幼児・妊産婦・授乳中の女性・てんかん患者には使用できないとされ、注意が必要です。またラベンダー・スーパーやラベンダー・レイドバンなど “ラバンジン”と呼ばれる品種は、雑貨屋で「ラベンダー」としてよく売られていますが、鎮静作用のある成分だけでなく、延髄の呼吸中枢刺激作用や血管運動興奮作用のあるケトン類の一種「カンファー」という成分も含まれています7)。

濃度
目安として以下の濃度が挙げられています 1)。


濃度1%以下 小児、高齢者、妊婦、リラクセーション目的
1~5% 一般成人の精神的・身体的症状に使用する場合
5%以上 身体的な症状が強い場合、ポイント的な使用をする場合

精神科OTプログラムの範囲としては安全性の高い1%以下の濃度が望ましいのではないかと考えます。


パッチテスト
品質に気をつけたとしても、アレルギー反応を起こすことがあります。そのためマッサージを行う前にはパッチテストを行う必要があります。当院では簡易パッチテストとして肘内側にその日のオイルを米粒大塗り、少なくとも30分程度様子を見ています。また多くの柑橘系オイルに含まれるフロクマリン類という成分は光感作を起こす可能性があるため、塗布した肌を直射日光に当てないようにするなど注意が必要です 7)。

侵襲性
不必要な侵襲性を避けるために、体幹へのマッサージは行わず手部・足部へのマッサージが適当ではないかと考えます。また1対1のマッサージは心理的距離が近づきすぎることもあり、集団活動として適度な距離感を保ちながら行うことが通常は良いでしょう。のべ2,000人以上に行っていますが、今のところその方法で不穏になった方はいません。

その他
日本アロマセラピー学会でも禁忌事項(手術直後、急性疾患、物理療法を受けた同日等)を定めているので、書籍等で参照してみてください。

注意点まとめ
アロマオイルはその成分を吸入したり皮膚から吸収するわけですから、品質や危険性に充分気をつけなければなりません。また「落ち着く効果がある」と参加者に言っておきながら、実際は逆の効果があるオイルを使用することも避けなければなりません。そのためにはきちんとした知識を得た上で行う必要があります。