COPMニュース 第18号

発行日:2008.1.5 発行者:吉川ひろみ
県立広島大学保健福祉学部 〒723-0053 三原市学園町1-1
TEL 0848-60-1236 FAX 0848-60-1134 E-mail yosikawa@pu-hiroshima.ac.jp



前号は昨年11月初めに発行したので,1年以上も経ってしまいました。医学書院の青木大祐さんが COPM と AMPS の本を書かないかとお誘いくださり,その本が完成したら書こうと思っていたのです。ところが思い通りには書けず,来年6月頃の出版になりそうなので,こうしてCOPM ニュースを書くことにしました。

COPMを中心に教えている作業療法評価学(2年後期15時間)の授業も今日で終了しました。 COPMの学習の最初に,私がOT役,学生の一人をクライエント(CL)役としてデモンストレーションをしていますが,最後にもう一回私の面接を見たい,という学生の要望で,今日は同僚の教員にCL役をお願いして,デモンストレーションをしました。

デモンストレーションの経験を通して,クライエントにとって意味のある作業のまとまりを見つけて,その作業に名前を付けるということは,結構奥が深いと感じました。

OT 「趣味とか楽しみで,前はしていたけど最近していなくて,またしてみたいことはありますか」
CL 「前はギターを弾いてました」
OT 「お一人で?」
CL 「バンドをしてたんです」
OT 「いいですね。音楽がお好きなんですか」
CL 「そうですね。歌うことも好きです」

私は,『音楽(ギター,歌)』と記録しました。なぜギターと書かなかったのか,自問自答すると,「クライエントは車いすに乗っていて,COPMの最初の方で,手が震えるからご飯がうまく食べられない,と言っていたから,ギターは弾くことは難しい」と考えたのです。そこで作業を「音楽」と呼び,クライエントから「歌うことも好き」という言葉を得た時に「歌なら歌える,ギターよりも歌から始めて,音楽を取り入れた生活ができるような方向に進めていこう」と考えたのです。クライエントは26歳で,脊髄小脳変性症という設定です。つまり,心身機能の改善を期待せずに,できる作業に近づけるような名前を付けることにしたのです。さらに,続いた面接では

OT 「仕事のようなことはしていますか」
CL 「何もしていません」
OT 「したいことはありますか」
CL 「母親と二人で暮らしていて,母親が大変なので,何か母のためになることがしたいです」
OT 「こんなことをしたら,お母様のためになるかなと,思いつくことはありますか」
CL 「うーん・・・洗濯機を回すことかな」
OT 「家事の中でできることがあったら,してみたいと思ってらっしゃるんですか」
CL 「あー,そうですね」

私は『家事(母の手伝い)』と記録しました。「クライエントは,仕事らしいことを今は何もしていないが,何かしたいと思っている,洗濯はその一つかもしれないが,洗濯機の操作ができても,母の助けにはならないかもしれない。何か母の助けになりそうで,クライエントができることを探すという方向で進めていこう」と考えました。

このような私が頭の中で起こっていることが「クリニカルリーズニング」です。クライエントや母親の年齢,疾患の予後,障害の重症度,家事作業の構成要素などを,現時点で知り得る範囲で考慮して,次の会話をどのように展開するか,COPMの後の作業療法を,どの方向で進めていくかを想像しています。私の頭の中は,その時々に得られた情報から,これから先をどのように進めて行こうかを更新し続けるのです。


COPMニュースを書くのが遅れたもう一つの理由は,今年の7月に「作業療法の視点:作業ができるということ(原題 Enabling Occupation: An Occupational Therapy Perspective )」(以下 97年版)の改定版が出版されると聞いていたからです。第4回アジア太平洋作業療法学会(6月,香港)でタウンゼントさんに出会い概要を聞くことができ,改訂版ではなく続編なので,両方読む必要があるとわかりました。この本を実際に入手できたのは9月で,10月から大学院のゼミで読み始めましたが,これもなかなか進まなかったのでした。主な著者は,タウンゼント( Elizabeth Townsend )さんとポラタイコ( Helen Polatajko )さんです。本のタイトルは「 Enabling Occupation II: Advancing an Occupational Therapy Vision for Health, Well-being, & Justice Through Occupation (続 作業ができるということ:作業を通しての健康,福利,公正のための作業療法の理想を求めて)」(以下 EO-II )で,構成は次の通りです。

第 1 部 作業(作業のとらえ方,新版カナダ作業遂行モデル,作業科学との接点)
第 2 部 できること( enablement ,個人レベル,社会レベルの変化)
第 3 部 実践(作業を基盤とした実践,カナダのプロセス理論)
第 4 部 OTの地位とリーダーシップ(研究,管理,財源,職場調整計画)

97年版は「作業遂行」に偏り過ぎていたという立場に立ち, EO-II では, OT の二つの核である「作業( occupation )」と「できること( enablement )」を丁寧に説明し,実践ではどう展開させるのか,この実践を可能にするために,私たちはどのように,どんな職場で,どんな地位を得ていく必要があるのかが記載されています。 60名の著者によって書かれたこの本の制作そのものが,「クライエント中心の作業を基盤とした作業療法の実現」という目標を達成するための作業なのでしょう。

本書の随所に事例が散りばめられていますが,どれも伝統的な作業療法領域での話ではありません。数々のマラソンに参加する車いすを利用する息子と父,内戦中に強姦された少女,難民として祖国を追われ異文化で暮らす家族,商品化された玩具ではなく生活廃品で遊ぶ途上国の子どもたち・・・本書は何かを教えるのではなく,作業を探究し,作業の力を活用する方策を練るための,アイデアを広く深く提供するものです。読者が本書をどう使うかは,読者次第だと思います。


7月末に, OT協会の全書改定版の原稿をいくつか書きました。生田宗博先生のお計らいで,「OT評価学」に「ニードと遂行の評価」という項を担当し,COPMとAMPSについて書くことができました。うれしいです。クライエントの生活に,どんな作業が加われば,今よりよい状態になるかを知るためにCOPMを行い,今のところどのくらいできるのか,をAMPSで観察します。そして,クライエントと一緒に,何から取り組んでいくかを決め,クライエントもOTも,それぞれ自分ができることを決めて計画を立て,会った時にはどこまで進んだかを報告し合い,話し合って先の方向性を決めるという作業療法を伝えるために書きました。


今月半ばに,シンガポールの南洋工科大学のOT学科の教員をしているホア・ベン( Lim Hua Beng )さんが,私の勤務する大学を訪問しました。学生との交流会で,学生が「COPMは使っていますか」と聞きました。考えは使っているけどCOPMそのものは使っていないということでした。何がしたいか,何をする必要があるかということは,常にOTの最初で聞いていて,活動カード分類( Activity Card Sort: ACS )という評価法をよく使うと言っていました。シンガポール版を開発し,約 70 枚の様々な活動をしている場面の写真を使って,質問していくものだそうです。小児版も開発したそうです。シンガポールで使われる言葉は,中国語2種類,タミル語,マレー語,英語だそうで,学生は実習先で担当したクライエントに合わせて話さなければならないそうです。シンガポール版ACSの宗教活動のカードは3枚あって,中国仏教,イスラム教,キリスト教用と相手に合わせて使い分けるそうです。ホア・ベンさんが学生たちに,日本版ACSを作ったらどうかと呼びかけ,その気になっている学生もいました。日本の活動は,「雪かき」とか「稲刈り」など地域別にたくさんの活動カードができるかもしれません。シンガポールでは,OTはクライエントの日常の問題を解決して,クライエントのQOLを高めるので,政府からも評価されているということでした。


今年の春に松谷信也さんからMr.Childrenの「彩り」の歌詞がいいと教えてもらいました。「・・・仕事を手際よくこなしてく・・いいさ 誰が褒めるでもないけど・・・僕のした単純作業が この世界を回り回って まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく・・」私が学生の頃流行っていた「ささやかなこの人生」みたいな,ちっぽけだけど,安心や和みを与えてくれる日常の些細なことが大事なんだ~と,あの頃の日々の作業を思い起こしました。来年三月には私が学んだ清瀬の学院が閉校します。人々の作業が歴史を作っているのですね。