COPMニュース 第19号 |
発行日:2008.11.25 発行者:吉川ひろみ
県立広島大学保健福祉学部 〒723-0053 三原市学園町1-1
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ついに,「作業療法がわかる―COPM,AMPSスターティングガイド」(医学書院,税込3990円)が出版されました。
私はCOPMとAMPSが何で,どう使うかを知っていて,編集者はどんなふうにすれば本ができるかを知っていました。この本が出版されるまでのほぼ3年間,私たちは「この本を出版する」という作業ができるようになる(enabling occupation,作業の可能化)プロセスを過ごしていたことになります。イラストを書いてくださったイワミ*カイさんは,切り紙の本(「かわいい切り紙絵本」誠文堂新光社)も書いていて,県士会の社会貢献イベントで利用し,大好評でした。
2008年は,他にも本が2冊出版されました。2月に出版された「『作業』って何だろう―作業科学入門」(医歯薬出版)は,1年後期の授業「作業科学」の教科書として書きました。不合格で再履修した学生のために,わかりやすいプリントを作成して授業を行ったことが,この本を書くきっかけでした。学生に対し「なんでわからないの?」ではなく,「どうしたらわかるのだろう?」と考えながら書きました。こういう発想もCOPMを使い続けている影響かなと思います。カナダの作業療法士ヘレン・ポラタイコによる1992年の作業療法学会ドライバー記念講演「作業療法に名前を付け枠組み与えること:ナンシーBの生涯に捧げる講演」(Canadian Journal of Occupational Therapy 59, 189-200)が思い出されます。ポラタイコは,この講演の中で「できるようにする(enablement)モデル」を紹介しています。
もう一冊は6月に出版された「保健医療職のための生命倫理ワークブック」(三輪書店)です。10数年前から倫理研究会のメンバーとなり,生命倫理学会に参加していたことから,倫理学の教員が退官した後,私が「生命倫理学」の授業を教えることになりました。前任の岡本珠代先生から講義ノートを譲り受け,私がわかるように書き直し,学生たちが退屈せずに倫理の勉強ができるように,事例をたくさん作りました。出版されている倫理の本は,どれも私が教材として使うには難しすぎます。昨年度から教え始めた「生命倫理学」は,看護学科と作業療法学科が必修科目なので,100名弱の学生が受講します。2割程度の学生は居眠り,内職,私語をしています。授業中に入室したり退室したりします。30名程度の作業療法学科の学生に専門科目を教えるのとは大違いで戸惑いました。学生たちが,この教科書を使った私の授業で,生命倫理に関心をもてるように努力したいと思います。
9月22~24日カナダのマックマスター大学の教育を視察に行きました。Sue Baptiste先生の面接の授業を見学しました。
3人一組で,面接者,クライエント,観察者となって演習します。作業遂行の問題(Occupational Performance Issues: OPI)を見つけ出すのに苦労していて,学生からの質問も教員の答えも私には馴染み深いものでした。この次の授業でCOPMを学び,その次の授業では地域住民がボランティアでクライエントとなり,実技テストが行われるそうです。マックマスター大学には,COPM開発グループのメンバーが3人もいて,クライエント中心の,作業に焦点を当てた作業療法を教えています。しかし,臨床実習から帰った学生の中には,「現場ではCOPMを使っていなかった」という人もいるそうです。副学科長のDebra Stewartさんは,「変化はゆっくりだけど起こっている」と言いました。
COPM開発グループ代表者のMary Lawさんにもお会いしました。「Evidence-Based Rehabilitation」の編著者としても有名です。 現在の研究テーマを聞いたところ,子どもが自分の治療に参加することが,治療成果を高めるかどうか,に関心があるそうです。 大学内の書店では,カナダ作業療法士協会が2007年に出版した「Enabling Occupation II: Advancing an Occupational Therapy Vision for Health, Well-being, & Justice Through Occupation(続 作業ができるということ:作業を通しての健康,幸福,公正のための作業療法の理想を求めて)」(以下EO-II)が,1997年刊の「Enabling Occupation: An Occupational Therapy Perspective(「作業療法の視点:作業ができるということ」大学教育出版」と並んで売られていました。 長年に渡り,クライエント中心の,作業に焦点を当てた実践の普及を続ける作業療法士たちの熱意と努力に感動します。
EO-IIでは第4章を中心に,作業の可能化の基盤が説明されています。 クライエント中心の,作業に焦点を当てた可能化の基盤(Enablement Foundations: Client-centred, Occupation-based)には,選択,リスク,責任(Choice, risk, responsibility),クライエントの参加(Client participation),可能性への見通し(Vision of possibilities),変化(Change),公正(Justice),力の共有(Power sharing)があります。
私が「作業療法がわかる―COPM,AMPSスターティングガイド」という本を書くという作業を例にとって考えてみましょう。
本を書くということは,書きたい内容を選べるということですが,同時に間違いを犯すというリスクも伴いますし,自分で書いた内容に責任をもたなければなりません。私が本を書くためには,本を書くことを望むクライエント,つまり私の参加が不可欠です。書き始めた頃は,なかなか進まず,いつ終わるのだろう,本当に完成するのだろうか,と可能性の見通しは暗かったのですが,出版社の人の想いを知り,自分の使命感を認識するような出来事が可能性の見通しを明るくしてくれました。原稿が徐々にできあがってくると,書くことに慣れてくるし,自分で書いた文章がしっくりきて自信がついてくる,といった変化が現れます。また,政治的な圧力や出自による差別のない公正な社会環境があるからこそ,妨害されることなく本を書くという作業ができました。この本を書くという作業全体を通して,編集の青木さんと私は対等な力関係だったと思います。青木さんのアイデアや作業の進め方は,私に影響を与えましたし,青木さんは私の書きたいことをすべて尊重してくれただけでなく,一人では思いつかなかった内容が盛り込まれる結果となりました。というわけで,私は作業ができる(Enabling Occupation)という体験ができ,前よりもよい状態になれたのです。
11月22,23日に行われた第12回作業科学セミナー(東京)で,大塚美幸さんが訪問作業療法の事例を,作業の可能化の基盤に照らして考察しました。また,10年間私の同僚で,昨年秋から精神科デイケアセンターの所長となった西上忠臣さんが,難治性のうつと診断され,4年間家に引きこもっていた50代男性が,COPMで表明した作業を行い,作業遂行を発展させていく中で回復し,再び就職し,父親としての地位を取り戻したという報告を行いました。岡千春さんは,高齢者3名に「自分らしい作業とは何か」をインタビューした質的研究を報告しました。作業に焦点を当てた実践や研究が,さらに増えることを期待したいと思います。
作業療法士らしい作業療法とは何だろう,と考えました。作業療法士の存在価値は何か。いつ,どこで,どのように作業療法を行うことが作業療法士らしいのか。制度や,作業療法分野に根付いている歴史的に優勢となっている価値観は,作業療法士らしい作業療法をすることを,支持するのか,妨害するのか。考えて行動し,行動して考えていきましょう。