COPMニュース 第21号

発行日:2010.12.28 発行者:吉川ひろみ
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カナダ作業療法士協会が2007年に出版したガイドラインである「Enabling Occupation II: Advancing an Occupational Therapy Vision for Health, Well-being, & Justice Through Occupation」(Townsend E & Polatajko H著)の翻訳が出版されたら,COPMニュースを出そうと待っていましたが,年末になってしまいました。原稿は,昨年10月に出版社に届いていて最終校正も終わっているので,来年早々には「続・作業療法の視点-作業を通しての健康と公正」(大学教育出版)が出版されると期待しています。

来年の6月埼玉県大宮市で開催される作業療法学会では,著者のエリザベス・タウンゼントさんの講演があります。タウンゼントさんと言えば,私が初めて世界作業療法士連盟(WFOT)学会に参加した1998年に,COPM開発グループ代表のマリー・ローさんと二人で作業の可能化(Enabling Occupation)というワークショップの講師をしていました。そのワークショップでは,COPMの演習をしたり,1997年のガイドライン「Enabling Occupation」(邦訳「作業療法の視点―作業ができるということ」大学教育出版,2000)の第4章に掲載されていた作業遂行プロセスモデルに沿って作業療法の流れを考えたりしました。

タウンゼントさんは,1993年にCanadian Journal of Occupational Therapyのoccupational therapy’s social visionという論文で,作業療法士が個人のクライエントだけを対象とするのではなく,より広い社会的視点をもつよう呼びかけています(2003年のOTジャーナル37巻3月号239-242ページに解説文が掲載)。その社会的視点は,作業的公正(occupational justice)>として知られるようになりました。2002年のWFOT学会では,タウンゼントさんは,作業科学の学術誌Journal of Occupational Scienceの創始者であるアン・ウィルコックさんと共に,作業的公正というワークショップの講師をしました。この作業をしている時が自分らしいと思えるような,その作業を通してより健康になることができ,人として成長できるような,誰もが皆そんな作業をすることができる世の中を希求するという考えに出会うことができました。

2010年にWFOTは,作業療法におけるクライエント中心の声明書(position statement on client-centredness in occupational therapy)を出しました(http://www.wfot.orgのdocument centreよりダウンロード可)。

「序文

作業療法は作業を通して健康(health and well being)を促進することに関心をもつ専門職である。作業は人々が日常生活で行うことである。作業療法の基本目標は,作業に人々が参加することである。人々の参加は,その人の個人の能力によって,作業をするのに何が必要かという作業の性質によって,また物理的,社会的,制度的環境や人々の態度によって,促進されたり制限されたりすると,作業療法士は信じている。それゆえ,作業療法実践は,人や作業や環境の側面を変えて,一人ひとりができるようになるということに焦点をあてる。
 人道主義的哲学が,作業療法実践の基盤となっている。このことが意味するのは,作業療法士が全てのクライエントと人間関係をもつ上で,人を中心におくということである。作業療法のクライエントには,個人,家族,集団,コミュニティ,組織,住民全般が含まれる。
 作業療法実践を導く基本的前提は,人間と健康に対する作業的視点である。この前提には次のことが含まれる(Polatajko他2007,Wilcock, 2006)。1)人は作業に結び付くという生来のニードと能力をもつ,2)作業は健康に影響を与える,3)作業は時間を組織化し,生活を構造化する,4)作業は個人的に意味深いものであり,また状況的意味をもつ,5)作業と結び付くことは独特なものであり,状況に関連する,6)作業は治療的潜在力をもつ。
この文書の立場
作業療法とはクライエント中心であり,作業に焦点をあてたものである。
作業療法の目的は,個人的にしたいと思う作業,する必要がある作業,社会的に文化的にすることを期待されている作業に参加することを,クライエントができるようになることである。
作業療法において,作業療法士は,クライエントを尊重してパートナーとなり,人々の主観的な参加の経験に価値をおき,人々の知識,希望,夢,自律性に敬意を表する。」
この文書の引用文献は,上述のカナダ作業療法士協会の2007年のガイドラインとウィルコックさんが2006年に書いた本「An Occupational Perspective on Health 2nd edition」です。

 「クライエント中心」と言うと「今までの作業療法はクライエント中心ではなかったのか」と言われることがあります。クライエントのためを思って,クライエントにとってよかれと,作業療法士が考える作業を提供している場合が多いようです。失敗しないように,課題や環境を作業療法士が調整したり,クライエントが作業をできるように作業療法士が作業を選んで,クライエントの回復段階に合わせて作業療法士が作業を段階づけて提供します。できるだけクライエントにとって興味のある作業を選ぶようにはしているようです。
 クライエントは何をしたいのか,何をする必要があるのか,クライエントの家族や周囲の人はクライエントが何をすることを期待しているのか,についてクライエントと十分話し合う,あるいは十分な情報を収集することが「クライエント中心」の第一歩です。クライエントが入院や入所している場合は,病院や施設がクライエントの状況(context)になります。いずれは自宅で暮らすのであれば,将来の状況はクライエントの家や地域になります。こうした状況の中で,クライエントが取り組んでいく作業を,クライエントと共に探し,試し,振り返り,クライエントの未来に向けて思いを馳せていくことが,クライエント中心の作業に焦点をあてた作業療法なのです。

 「続・作業療法の視点」では,作業との結び付き(occupational engagement)という語がよく登場します。作業遂行(occupational performance)は,実際に作業を行うという行為を表現する語ですが,作業との結び付きは身体が関与しなくても,その人が自分と作業との切っても切れない結び付きを意識するような状況を指す語です。作業との結び付きと聞いて,私は星野富弘さんの詩「風で折れたひまわりを 妻に頼んで 花瓶に生けてもらった それが今日 私がした いちばん大きな仕事だった」(星野富弘詩画集絵はがき19「野の花」)を思い出しました。ひまわりを花瓶に生けたのは妻ですが,それは「私がした」作業なのです。それも今日のいちばん大きな。

 名刺の裏に一言書くことにしました。
「作業ができると自信がつく,作業ができると楽しくなる,辛くても頑張れる作業がある。作業療法は人と作業の結び付きを重視します」
「自分らしい作業をしていると,自分らしい自分になれる。作業療法は,作業を通して起こる変化を信じます」
「退屈は作業がないこと,悲しみは作業ができないこと。作業療法は,幸せになれる作業を探します」
「何をしている時が自分らしいか。作業療法は,その人にぴったりの作業を探し,作業をできるようにします」
先日,私の名刺を受取った脳外科医が言いました。「手術をしている時が一番自分らしい,(老眼になっても)今は顕微鏡を使うので手術ができる」
自分の知識と経験が生かせる作業を通して自分自身も成長し,よりよい社会を創造していきたいと思います。COPMニュースを書くことは私の今年の年末の大事な作業です。